「勤、倹、譲」の思想

2010年1月20日 12:56

● 年末、年始の休みに、資本主義の原点を学び直してみたいと思い、ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」やシューマッハーの「仏教経済学」(「スモール・イズ・ビューティフル」)、ベンジャミン・フランクリンの「十三徳」、二宮尊徳の「報徳仕法」などを読みなおしました。

● 学ぶところが多かったです。特に二宮尊徳の思想は、非常に合理的であり、かつ、本来の経済の原理を良く知っているという点で感銘を受けました。二宮尊徳というと、金次郎と言われた時代の薪を背負いながら本を読んでいる銅像で有名ですが、多くの人は「ああ、あの苦労しながら勉強した人ね」という程度で理解が止まってしまっているのではないでしょうか。これはとても残念です。

● 尊徳は「荒れ地には荒れ地の『徳』がある。その徳を活かして社会に役立てることが『報徳』である」ということを言っています。彼は「徳」というのは社会にとって役立つポテンシャルを意味していたようです。これはまさに日本企業にも当てはまります。立派な人材や技術やおカネを持っていながらその「徳」を十分に活かしきっていない企業が多いのではないでしょうか。

● 彼は人間を含め自然界が持っている徳を完全に活用することこそ良い社会を作ることだと考えていたのだと思います。さまざまな藩にアドバイザーとして呼ばれ財政改革をしたのですが、晩年はその手法をマニュアル化し、弟子にその仕事を引き継いでいます。

● 「報徳」というのは「道徳」です。「仕法」というのは経済です。それらを合体して、「報徳仕法」としたのは、アダム・スミスが「道徳感情論」と「諸国民の富」をもって思想の根幹としたのと極めて似ています。そして、報徳仕法のキモである「勤、倹、譲」は、プロテスタンティズムの「天職を勤勉に就くし、節約し、富を蓄え、それを与えることで天国に宝を積む」という思想と同じと言っていいでしょう。日本にこんな立派な人がいたのです。もっと、まずは日本人に、そして、世界に知ってもらいたい人物です。

2010年1月20日 12:56 岡本和久 | きほんのき| コメント(0)

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